第三話 「春桜学園の演劇部」
俺がホワイトボードを使い始めて、一週間は経った。
最初は戸惑いながら使っていたが、今では口に出すよりも楽に使えるようになっていることに気づき、
なんで俺はホワイトボードを使ってるんだ?
と思いながら過ごすうちに、ホワイトボードを使う生活に慣れる、なんてことは昔の俺では想像もつかなかったことだろう。
ただ、唯一これの不便なところといったら持ち運びが不便なこと。その一点に尽きる。
それにしても喋らなくて良いというのはとても楽だと思った。感情を読まれることがない、それが俺にはとても楽だった。
昼休み、学校内を散歩中掲示板に目が惹かれた。掲示板には何枚かの部員勧誘の紙が貼られていて俺が見たのはその中の一枚。
「演劇部……か」
周りには人がいなかったので、俺は呟くように言った。
演劇部、喋ることの出来ない(そう思われているだけ)の俺が入るような部活ではない。さらに言えば俺は演じることにはまるで興味がない。だが、脚本のほうには興味があった。それで、なぜ惹かれたかというと演劇部で脚本をしたい人を募集していたからだった。
だから、俺はすぐに入部した。
もちろん伝え方は全てホワイトボードに書いてだが。
早速放課後から部活に行くことになった。
新規部員は10人ほどで、脚本志望は俺一人ということらしい。
ただ、これは今日までの合計だからまだまだ伸びるだろうと思う。
自己紹介があったが、俺はホワイトボードに書くだけで、声は一切出さなかった。
そんなこんなで無事、演劇部に入部することが出来たが、まさか喋らずに入部することが出来るなんて夢にも思わなかった。
それほど脚本したい人がいなかったんだろうか?現に脚本家志望の人が俺意外にいなかったのだ。まぁ、俺としてはこうして脚本することが出来て嬉しいんだが。
そうは思えど、ホントに喋らなくても良いんだろうか?という思いも、当然俺の中にあった。
そもそもなぜ俺が脚本してみたいかというのにも理由がある。
実は俺、小説家を目指していたりする。
だったら文芸部に入れば良いじゃないか。
そう思う人もいるだろう。だが、俺にはここが一番修行にはうってつけだと感じたのだ。
何故なら、一番早く表現方法を学べるところだからという理由がある。
というのも、脚本だと、書いたらすぐに役者にそれを演じてもらうことができ、自分が思い描く表現が上手く役者に伝え切れずに、役者が別の表現をしたときなんてのがすぐに分かるからだ。
まぁ、あくまで俺の想像なんだけどな。
現在演劇部員は30人。そのうち男子は俺を含めて2人いる。普通に考えると異常に少ないが、この学校で考えると男子2人というのはとても珍しいことだ。
なぜならこの学校には男子はたった3人しかいないのだ。もちろん俺を含めて。
「よお、新入り。元気してるか?」
『はぁ』
俺は喋ることが出来ない、ってことになっているのでホワイトボードに書いている。
因みに話しかけてきたのは、演劇部にいるもう1人の男子だ。身長はだいたい180cmくらい。俺とあまり変わらない背丈だ。がっしりした体つきで、しかし目は優しい。髪はというと、黒髪で首の中間までの長さだ。
「俺は斎藤高雄だ。現在2年でこの演劇部では全ての男役をやっている。おかげで劇中は終始動きっ放しで休まるときなんてありゃしない。まぁ、充実はしてるから辞めようなんざ考えないが、正直体がいくつあっても足らない。」
う〜ん、この人は一体何が言いたいんだ?
「頼みの綱は今年入ってくる1年、つまりお前たちの年だ。入部希望者をくまなく探したが男子なんて1人もいやしなかった。せめて1人でもと1年の教室を探しに行ったが、男子はお前を除いて1人もいなかった。あいつに聞いたときは1人は喋れる男がいるとか言ってたんだがな。もう、退学したのか?そこんとこどうなんだ?」
『いえ、そんな話聞いたことないですけど』
それにしてもこの人は話が異常に長いな。
「そうか。それにしてもお前喋られないってな、辛くないのか?言葉に出せないってのは?」
『いえ、そんなに辛くないですよ』
「ふ〜ん」
「流石にホワイトボードじゃあな。……客席からは字は見えないよな」
『え、何か言いましたか?』
「いや、何も言ってないが?」
おかしいな、今確かにボソッと聞こえたような。
「はぁ。頼みの綱の1年は演劇をすることが出来ないとは、俺の命は、寿命は長くはないな」
な、何を言ってるんだこの先輩は?いや、そこまで辛かったのか?
『そんなに辛かったんですか?』
「辛い、なんてレベルじゃなかった。はぁ、影分身さえ出来れば。いやまてよ、お前が舞台に立って声は出さずに振りだけやって、前もってセリフを録音したのを流せば、可能かもしれん」
うぉ、なんて考えつくんだこの人は。
しかしそんなことはしたくなかった。なぜなら俺は演じることはからっきしダメなのだ。だから考えをあきらめてもらわないと。
『でも、それだともしも周りがセリフを間違えたときとかに対応できないですよね。それにリアルにかけると思いますけど』
「む、確かに。はぁ、いいアイデアかと思ったんだがな。仕方ない、諦めるしかないか。さて、お前に頼みがある」
『何ですか?』
「いや、頼みというか命令だな。うん。お前に俺からの命令だ。今度から出演する男を少なくしろ」
『はぁ、分かりました。必要最低限の人数にします』
「よく言った。じゃ、頼むぜ」
そう言って斉藤先輩は立ち去った。
嵐のような先輩だった。なんか疲れたな。それにしても男を少なくか、じゃあどんなストーリーにするかな。
早速俺は考え始めていた。
学校帰り、抱えていたホワイトボードを見て俺はふと思った。
やっぱこれ、けっこう重いな。
すごくどうでもいいことだった。
それから、季節は流れ9月終わり頃事件は起ころうとしていた。
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