第四話「風吹けば雨が降る 前編」
9月末、いつの間にか夏が終わり秋になった。葉っぱはすでに緑から赤色に染まり、夏に出る虫は姿を消していた。そして俺の頭はフル回転しすぎてすでにショートし始めていた。というのも俺が通う春桜学園は11月に学園祭がありその脚本の制作に追われていたのだ。もっとも一つだけなら俺はフル回転なんかせずとも大丈夫なのだが、なぜかこの時期は舞台が多いらしい。…芸術の秋とは良く聞くが。あともう一つこの時期にあるものがあった。それは生徒会の役員決めだ。
もっとも俺は興味がなく、立候補しようとも思わなかった。
しかし、無常にも事件が起きようとしていた。俺を変える事件が。
「しまった〜!時間を忘れてたー!」
昨日、新作のゲームが出ていたので早速買ってしていたら夜を通り越して朝の6時になってしまったのだ。
「はまってしまうとは一生の不覚!急げー!」
俺は走った。遅刻したくなかったから。だが、
キーンコーンカーンコーン
無情にも鐘が鳴ってしまった。だが俺はひたすら走った。そして、
「出席を取るぞ。三木、三木龍司」
・・・
「龍司」
・・・
「遅刻か……」
ガラッ
教室のドアが勢いよく開け放たれ、一人の男子生徒が慌ただしく現れた。
「STOP!」
「りゅ、龍司か?」
「遅刻じゃないです!」
「……」
んっ、先生が静まった。いや、たぶん理由を聞こうとしてるのか。
1、このまま流れに乗って一気にたたみ掛ける
2、落ち着いて、遅刻を認める
やっぱり1だろ。
「実は、自転車で登校途中、猫が急に前に来たものでして、急停車したらその猫がいきなり倒れたんですよ。で、どうしたのかな〜と思って猫に触れてみたらどうやら怪我をしていたようでして、このまま見過ごして死んでたら見殺しになるわけじゃないですか。それじゃあ後味悪いなぁと思って猫の手当てをしていたんですよ。で、それから猫を見送った跡までは時間はあったんですよ、それから歩いていたら道端でおばあちゃんがなにやら迷っていたので、どうしたのか聞いてみたら何やら落し物をしたそうなんですよ。見捨てていくのもあれですから手伝っていたんですよ、それでようやく見つかったと思ったら、」
「龍司・・・」
「何でしょう?」
辺りはしんとしていた。
そこで俺は落ち着きを取り戻す。
しまった〜!やっぱりあんな理由じゃしのげなかったか……
「お前・・・喋るんだな・・・そうだ!お前立候補しろ!」
「えっ、はっ、はい」
「よしこれで決まりだな」
はっ、今先生は何を言ったんだ?
「頼むぞ!」
何がだ!?
「よろしくね〜」
同じクラスの生徒が言う。
何が?
「あなたならできるよ」
こちらも同じく。
What?
「頭の良い貴方なら任せられるわ」
遅刻と頭の良いのとはどう関係があるんだ?
つーかなんでクラスメートが俺に話しかけているんだ?
確か俺は無口で通っていたはず。なのにどうして?
俺はわけも分からず席に向かった。俺の席、一番後ろの窓側の席に。
そこで俺は、頭の思考回路が停止していた。
キーンコーンカーンコーン
はっ。
気がつけば、授業の全てが終わっていた。
俺は一体何しに来たんだろうか?
しかし、このままいても仕方ないので帰り支度を始める。
そんな時、たぶん委員長だろう人が話しかけてきた。黒髪で肩まである髪の毛、そして制服をびしっと着ている姿はまさしく委員長と呼ぶにふさわしい。
「驚いた、あなたあんなに喋れたなんて」
喋る?何か喋ったか、俺。
俺はホワイトボードを探そうとするが何故か見つからない。
可笑しいな。来たときに使ったはずなんだが。
「それもあんな早口で」
うん、早口?俺は外で早口で喋った記憶はないんだが。だがとりあえずは彼女は俺が喋れるということは知っているらしい。
「それはどういうことですカ?」
「さっき貴方喋ってたじゃない」
喋ってた……さっき……早口……
――あれか!?まさか遅刻の言い訳の!?あれはホワイトボードに書いていたわけじゃなかったのか!?なるほど、通りでさっき探してもなかったわけだ。
一気に目が覚めた。
「俺が……喋ってしまった……」
「ちょっと、どうしたの?」
「いや何でも無い……それより一つ聞いてもいいか?」
「どうぞ」
委員長は優しい声で返してくれた。
「俺は一体何に選ばれたんだ?」
委員長はきょとんとした顔をした。
「何って、聞いてなかったの?」
「何のことを言っているのかさっぱり」
「そう、なの?」
「ああ。だから教えてくれ」
「えっと、貴方は今生徒会の役員決めがあってるの知ってる?」
「ああ、確か1週間かけて決めるんだったな。確かここの生徒会はなかなかの人数が必要だったな。1年だと10人ぐらいだったか」
「そう。私達の学校は1年は5クラスあるから、1クラス2人選ばれるの。私達のクラスは私が立候補しているんだけど、もう一人が決まらなかったの」
「ふ〜ん。で、結局誰が選ばれたんだ?もう一人は」
「貴方よ」
「・・・」
俺は後ろを振り向く。
「誰もいないぞ?」
「・・・」
委員長が黙ってしまった。
「もしかして、俺が?」
「そう。貴方が選ばれたの」
「・・・どうして俺なんだ?他にもいるだろ?」
「最初はそうじゃなかったんだけどね、あなた喋った事無かったし」
「それでどうして俺になるんだ?」
「このままいけば貴方になる事は無かったでしょうね。でも、今日貴方は喋ったからね。皆驚いてたわよ私もだけど。喋らないもんって思ってたから」
「そりゃあ、人だから喋るさ。何もなってないんだから」
「それもそうね。まぁ、そういうことでよろしくっ。・・・えっと、・・・ごめん!名前なんだっけ?」
「謝らなくて良いさ。何しろ喋った事無かったからな。俺は、三木龍司って言うんだ」
「三木君ね。私は月宮藍よこれから一緒に頑張りましょ」
月宮さんが右手を出した。握手を求めているのだろう。
「まぁ、不本意だが仕方ない。こちらこそよろしく」
なので、俺は握手で応えた。
「三木君はさぁ、何か部活とか入ってるの?」
「ああ、演劇部にな」
「えっ、じゃあ部活の時は喋ってたの?」
当然の反応だろう。
「いや、演劇って言っても脚本を手掛けるだけだから、喋る必要なんて無かったさ」
「へぇ〜。まっ行きましょうか、生徒会に。三木君」
「もうなのか?今週いっぱいまでは役員決めだろ?来週からで良いんじゃないのか?」
「速く行って慣れていた方が良いでしょ?」
「う〜ん、・・・それもそうか」
月宮さんの言に同意したが、演劇の方はどうしようか?何故かこれからややこしくなる気がするのだが。
月宮さんは俺を連れ、教室を出た。
「・・・月宮さん」
ふと、俺は前を歩いてる彼女を呼んだ。
「なぁに?」
俺の呼びかけに応え、月宮さんは俺の方に顔を向けた。
「どうしたの三木君?」
「俺は実は、これから何だか不安なんだ。部活の方」
「・・・どうして?」
「俺は今まで喋ったことが無かった、この学園で。だから、脚本だけやれる事ができたんだ。だが喋ったからな、たぶん劇の方もしなくちゃいけなくなる。」
「う〜ん、今まで三木君はしなくて良かったんでしょ?」
「ああ、しかし男子の部員、少なくてな一人しかいないんだ。2年の先輩なんだけどあの人いつもきついきつい言ってるからな、たぶんやらされると思う」
「へぇ〜」
彼女は感嘆の息を漏らした。
「もし三木君が出るのだったら見てみようかな」
「まっ、あくまでかもの話だけどな。すまんな、つまらん話聞かせちまってよ。さっ、行こうか」
「そうね」
生徒会。それはこの春桜学園の顔とも言える存在。場所も一つだけでなく1棟丸ごと使っていたりする。何のためにこんな広いスペースを使っているのか俺には理解に悩むところだ。生徒会本部は1棟の真ん中に位置している。他は物置だとか第一生徒会室、第二生徒会室、第三生徒会室、とある。
「それにしても広いよなぁ、生徒会は。それで月宮さん、俺達はどこに行くんだ?」
「生徒会本部よ」
「なんと!いきなり本部とは、やるなっ!」
「・・・三木君ってさほんとキャラ変わったよね」
「まぁ、これが本来の俺というか今までが普通じゃなかったんだよな。ずっと黙ってるってのは最初の頃は嫌だったんだが、習慣というのは怖いよな」
「なんでさ、最初の頃喋らなかったの?」
「う〜ん、なんでと聞かれてもな。ただ、楽に暮らせたらと思ったんだ」
「それだけ?」
「あぁ、そしたらなんか喋んないでもいいんだなって思っていたら何にも喋らなくなったってとこかな」
「じゃあ、三木君が喋らなくなったのは私の所為なのかな。だって私委員長だし」
やっぱり委員長だったのか。
「いや、俺自身の所為さ」
「ふ〜ん、あっ着いたわよ」
あれっ、何か軽く流された気が。
「入りましょ。三木君」
「そうだな」
コンコン。ガチャ。
「失礼します」
俺はそう言って本部の中に入る。続いて月宮さんが入る。
「本日より生徒会に所属される事になりました1年4組三木龍司です」
「同じく1年4組月宮藍です」
「これからよろしくお願いします」
「うむ、一緒に生徒会を盛り上げよう」
低い声。怖いというより気品がある声。ん?どこかで聞いた事のある声だ。一体どこで?
「しかし、1年は来週からではなかったか?」
「先に体験しておくほうが良いと思いましたので」
月宮さんが答えた。
「・・・いつまで君は礼をしているのかね?」
「はっ、あっ、すみません」
俺は顔を上げる。上げた先には見覚えのある顔があった。
「あっ!貴方はあの時の!」
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